Through the kaleidscope

プログラミングとかシステム開発とか諸々の思考場所

不惑目前にしてギークであることを諦める話

crapp.hatenablog.com

この記事を読んで思ったのが、まず第一に羨ましさであり、同時に妬ましさであると正直に言いましょう。要は嫉妬ですね、男の嫉妬は見苦しいらしいです。

まず羨ましいと思うための前提として、僕も、

  • コーディングが早く、
  • 様々な技術に造詣があり、
  • 問題に対して的確な解決法を即座に導き、
  • 難しい仕様についても理解が早く、

というようなスーパーマンのような「ギーク」にずっとなりたいと思っておりました。

しかしなれなかった。それは一つ前の記事でも書いたようにキャリアの積み方に失敗したのもありますし、これは残酷な現実なんですが、

僕がギークになりたい理由は、自己承認欲求を満たすためであった

ことに気がついてしまいました。

なかなか認めたくない現実ですが、認めます。ギークという肩書を得てチヤホヤされたかったのだなと。だからこそ休日に我を忘れてコーディングなんて出来なかったし、ホッテントリであがってくる技術記事を読んだだけで出来た気になっておりました。憧れているくせに実行されないとしたらそもそもその憧れの本質は別のところにあります。ようやくそれに気が付きました。

今日は実は私の39歳の誕生日なんですね。あと一年で不惑です。言い訳しても未来を見据える若い子たちからしたらおっさんなんでおっさんらしく生きていきたいと慎ましくなる次第です。

さあ、ギークを諦めてどう生きていくのか?それは、自分がギーク半人前ということを自覚し、それでも技術のキャッチアップを進める他ありません。別に自分自身の技術力がカスということは思ってません。最高峰の憧れのギークの面々には到底叶いませんが、プログラマピラミッドを構築した場合にトップ20%くらいにはいられるくらいはあるだろうと思っています。(前職で一緒に仕事をした人やお客様からいろいろお褒めのお言葉をもらったことから、それまで自分が思っていた自分は技術的にカスというフィルタを取り除くことが出来ました)

なので、自分が生きる道は、Googleで高度技術を駆使する仕事とか、技術ベンチャーに行って超フルスタックエンジニアとして働くのではなく、人様の役に立つために今持っているそこそこの技術を最大限使える場所を見つけることでありましょう。簡単とは思いませんが、そういう自由を手に入れるためにフリーランスになったわけですし、今年はいろいろとチャレンジしてそういった活躍の場を探していきたいと考えております。

主に自分ができるのは、Androidのアプリ開発や、Webアプリケーション開発なんで、そういった方向なら応用は効きやすそうですね。ただ僕はそろそろ自身がメインプレーヤーになるのではなく、次代のプレーヤーに託す、継承するステップにもいるのかなと思うことが増えました。なので教育の分野にも興味があります。まあ不惑まであと一年といえども、40になって道がはっきり見えるわけではないですし、人生通じて模索していきたいです。

で、冒頭のブログの筆者に対しては、せめてそういう場に行けたのだから卑屈になる必要はないと思いますよ。元SIerということは採用側も分かっておられたでしょうから、逆にギークの視点では気づけないようなことを指摘できるような技術者であることを求められたのかなとも感じます。そもそもなんですが、完璧な人間なんていないです。人間どこかに欠点があるし、チームや組織なんて不確実性を持つ人間の相互作用なんですから、スキルの有無のみで自分を責めるのはやめましょう。(とはいえ、技術職である以上、一定以上のスキルは必要でしょうが、少なくとも筆者から感じる能力であればそこまで不足はなさそうに思いますが)